四宮義俊 / SHINOMIYA YOSHITOSHI

四宮義俊に関する情報をお知らせ致します。

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『トキノ交差』公開!クラウドファンディングについて。

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かねてから告知しておりました。『トキノ交差』が渋谷スクランブル交差点4面大型ビジョンで不定期公開となりました。四面演出の作品のため、通常のモニターでは再現が難しいので特別版となっております。動画の公開と同時に原画展開催ためのクラウドファンディングも始まりました。皆様のご支援、ご協力何卒宜しくお願いいたします。

https://readyfor.jp/projects/tokinokousa

クラウドファンディングについて。

当初このお話をいただいた時にキーワードとして四面ビジョンで「屏風」のような表現をやりたいと言われ。日本画家としてはくすぐられる部分がありました。アートの仕事とアニメの仕事の接合点を探している時期でもあり、自分の仕事の両面を表現できる企画ではないかと考えお受けしました。それほど大きなバジェットではないため、あまり時間もかけられないと思いつつも実際アニメーションで一つの町を描くというのはそれなりの覚悟が必要だと実感し、過去の写真資料を漁り時代ごとの渋谷を作るためカットを積み重ねていきました。結果どのカットも情報量、密度ともにそれなりのものができたと自負しております。描かれているのは功罪含めて渋谷の歴史、日本の歴史です。実写カットやメタフィクションなど、どのカットにも意味と仕掛けを施しました。予算のそれほどない仕事にもかかわらず、そのための人員配置を無理を言って整えていただくこともできました。そういった意味では今までの自分の仕事と比べても実験的な要素の強いアニメに仕上がったとおもっています。

さぁ、いざ出来上がり道行く人々に観てもらおうと思った時、ふと心配になることがありました。タイムスケジュールなどない渋谷スクランブル交差点に不定期でしか流れていないというのは鑑賞する側にとってかなりハードルの高いことではないだろうかと‥。

仕掛けとしてはとても面白い視聴形態ですが、実際なかなか観られない‥。そういったジレンマを解消する一つの手段として原画展をやろうという提案になりました。作品の内部までゆっくり覗いてもらう楽しみの場を作りたいと考ました。あんなに大変だったのにたった1秒かぁ‥と各カットごとに入り切らなかった部分があり、このままどこにも出す機会がないのはもったいないとも思いました。当初、どこまでの作品になるかも見えないまま絵コンテを描いていましたが、ダビングの際のスタジオには驚くほどの人数が詰めかけていただけました。それだけいろいろな思いを持った方々が作品に携わってくれていたのかと思いを新たにしました。(このうちの何割が手弁当なのかは怖くて聞けませんが‥。)

作品を観ていただけた方には何かザワザワしたものが残せる作品になっていると自負しております。実際クラウドファンディングの180万円という数字は簡単なものではありません。展覧会場も渋谷でやると決め、そのための見積もりを出していただきました。とても小さな作品ですが、現状を踏まえ、この先自分が仕事をしていくにあたっても、とても大きな挑戦になっていると思います。

「トキノ交差」の発展的な展開にどうか皆様のお力添え、ご協力のほど何卒よろしくお願い申し上げます。  四宮義俊

『トキノ交差』ツイッター

https://twitter.com/tokinokousa

『トキノ交差』フェイスブックページ

https://www.facebook.com/tokinokousa/

 

制作にあたって

「ヴァナキュラーな空間としての渋谷」

現在の渋谷が持っているエネルギッシュで混沌とした様相は、現在の日本の有り様やこの世界の様態と密接にリンクしているように思え、高度成長期やバブル期、震災後の計画停電の様など、これほどダイレクトに時代の雰囲気を醸し出す街もないのかもしれないと思いました。そういった出来事が層のように折重なり出来上がったのが現在の景観ではないか。今まで幾度となくこの交差点を通り過ぎたはずですが、一度として同じ顔を持っていたことがなかったように思います。

その上部に構えられている舞台装置としての4面ビジョンと谷地であるスクランブル交差点は多くのものが流れ込み、映り込む仕掛けとしてとてもユニークな存在であるように感じました。過去の写真を調べていくとスクランブル交差点として機能し始めたのは思っていたよりずっと最近のことで(おそらく高度成長の頃)、誰かがあの場所に×印のゼブラ柄を描いた瞬間から、あの場所は広場としての機能と物語が語られる舞台としての機能を持ち始めたのではと思いはじめました。あの×印は祝祭の場であり、騒乱の場としてスクランブル交差点ではなかった頃の記憶も含め、物語を量産し続ける強度を発揮しているような気がしています。

そこに載せる物語は人間の功罪を含めた遠大な歴史と生物的な衝動。それらを俯瞰して見続けてきた土地そのものの表情ではなかったかと思い今回の作品の基本路線としました。それらの物語を一人の女性が宙返りしている寸刻の間に表現しようと考えました。たった1分ですが、描かれている歴史は1万年!現状の景観さえ過渡期の表情であり、グローバリズム 化する波の中で個性を失うのか、表情を保ち続けるのか、この先も変わり続ける表情の一端を捉えられれば。

 

 

 

 

 

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